高校時代に読みたかった!『生物と無生物のあいだ』【福岡伸一】

読みやすさ:☆☆☆☆
語りのうまさ:☆☆☆☆
サスペンス:☆☆☆
独自性:☆☆☆☆☆(まったくの独断による評価です。☆5つが満点)
作品形態:新書。科学読みもの。
出版年月日:2007年5月

高校時代に出会いたかった・・・

福岡伸一さんの『生物と無生物の間』です。

私の通っていた高校では1年生の後半に理系・文系の選択という一大イベントがありました。

その時点で将来の選択肢がかなり絞られてしまう恐ろしい分かれ道。科目の好き嫌い、先生のアドバイス、将来なりたいもの・・・。

みなそれぞれに情報収集と自己分析をし、進んでかやむなくかの違いはあれど、締切までに決断を迫られました。

今になって思えば、あの時点で理系か文系化の二択を迫られるというのもおかしな話な気もするのですが、あのときこの本に出会っていれば少し進路選択が違っていたかも?と思う作品が、『生物と無生物の間』なのです。

教科書はつまらない!

福岡伸一さんは分子生物学者で、2018年現在青山学院大学に在籍されています。分子生物学者の著作、と言われるとなんだかとっても難しそうな気がしてしまうかもしれません。しかし、数ページよんだだけでおや?となるはずです。とにかく文章が魅力的なのです!本来難しいはずの内容を難しいと感じさせない語りで、まったくの素人でもグイグイと引き込んでしまいます。

高校時代、生物の教科書を読んで、「おもしろい!」と思ったことがあるでしょうか?もともと関心が高かった人の場合はもしかするとそんなこともあったのかもしれませんが、読みものとしておもしろく感じた記憶はありません。

福岡さんの他の書籍に、次のような記述があります。

 教科書はなぜつまらないのか。それは事後的に知識や知見を整理し、そこに定義や意味を付与しているからである。〇〇は✕✕である。□□では、●●となっている。これを△△という……。

これでは何の感慨も、何の興味をも呼び起こさない。そもそも一度読んだだけでは一体どういうことなのかすんなり理解できない記述。言葉が素通りしていくだけが関の山だ。

教科書はなぜつまらないのか。それは、なぜ、そのとき、そのような知識が求められたのかという切実さが記述されていないからである。そして、誰がどのようにしてその発見に到達したのかという物語がすっかり漂白されてしまっているからでもある。

(福岡伸一『できそこないの男たち』光文社新書より)

『生物と無生物のあいだ』で福岡さんの読者となり、何冊目かに読んだ本で上記の言葉を目にしたとき、なんだかよくわからない衝撃が走りました。長年のモヤモヤが吹っ飛んだような、妙にすっきりした気持ちになったのを覚えています。

福岡さんは、ありふれた教科書はつまらない!という前提を共有してくれる学者さんなのです。そして、科学に疎い私のような読者にでも、物語の力によって「おもしろい!」と言わせてしまう凄腕の文筆家でもあるのです。

 

物語で楽しむ細胞の話

福岡さんの書籍で特徴的なのは、たとえまったく聞いたことのないような学者であっても、読者がその人に興味を持たずにはいられなくなる巧みな人物提示です。その人に興味が湧くと、その人がしたことにも関心が向き、登場人物を追っている間にいつの間にか生物学の大きな流れの中に入っしまているという実によく作り上げられた構成なのです。

今作では、ウィルスという生物なのか生物でないのか判断が難しい存在の発見を起点として、「生命とは何か」という命題にアプローチしていきます。福岡さんの考え方を説得力を持って読者に伝えるためには、ある程度生物学周辺の情報を提供する必要があり、その役割は様々な人物が活躍する熱い物語に託されています。

地味なヒーローエイブリーによる発見から、DNAのらせん構造を解明したワトソンとクリックの話、そして核心に近づくシェーンハイマー。

こうやって書いてみても、読む前だと「?」だと思います。ですが、読後はきっと、「エイブリーかっこいいよなあ!」に共感してしまうはずです。

テーマがテーマですし、なかなか読みだすまでのハードルは高いかもしれません。ですが、『生物と無生物のあいだ』は自信をもっておすすめします!

この記事を書いた人

緑茶です。30代です。
昔は推理小説のみの読書ブログをしていました。今は少しだけ読む幅が広がって、色々なジャンルに手を出すようになりました。法月綸太郎さんの新作は黙って買います。好きな力士は嘉風と稀勢の里。チェルシーファンです。よろしくおねがいします。

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緑茶の読書日記

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